静岡県》中伊豆・湯ヶ島温泉
■落合楼 村上
(オチアイロウ ムラカミ )

〒410-3206
静岡県伊豆市湯ヶ島1887-1
TEL:0558-85-0014
▼貸切風呂の数DATA
貸切露天風呂:1
貸切の内風呂:1
部屋付き露天風呂:1
部屋付き豪華内風呂:10

▼貸切風呂ココがPOINT!
宿泊客が共同で利用できる貸切風呂は、本館1階の通路を抜けて、庭園内の小道を行ったさきにある。元男女別の大浴場として利用されてたという岩組みの大きな露天風呂で、湯舟には大人10名でも入れるほどの広さがある。洗い場と湯舟の半分以上は屋根で覆われており、天候にも関係なくのんびりとこの上質のお湯と雰囲気を楽しむことができるのは嬉しい。立地も狩野川に沿ってあることから、深い緑と流れる川音に包まれた、極上の露天風呂ということができそうだ。

2008年5月に改装された本館の2階客室「藤二」には、扉を全開放することでウッドテラスと連結できる露天風呂が設けられた。ここでも間近に迫る巨木を見上げながらプライベートな湯浴みを楽しむことができるという、風流さを文字通り肌で感じることができる、緑の深い天城・湯ヶ島ならではのお風呂ということができるだろう。長い時間が醸成した自然と建物、そこに新しい感覚を呼び込むという、新旧のバランスが調和したこの宿の、“らしさ”が現れたお風呂だ。湯舟は大人2名がゆったりと入れるほどの大きさ。

本館1階の川側の2客室「椿一」、「椿二」には、テラスの端、川に最も近い場所に足湯が設けられている。目の前の狩野川の流れに耳を澄まし、木々の深緑に目を移ろわせながら、ゆったりとした気分に浸ることができるだろう。

この宿で使用される温泉は、どれも源泉が100%掛け流しにされている。気候条件により夏などには加水して温度調節をすることもあるというが、自家源泉含め豊富な湯量を誇るここ湯ヶ島、良質のお湯という醍醐味をたっぷりと味わうことができるだろう。なお、セキュリティの都合上、本館建物外にある為、24時10分〜翌朝5時迄クローズされる。

▼画像集
貸切&客室露天風呂1
貸切&客室露天風呂2
施設&大浴場1
施設&大浴場2
客室
料理
お土産&その他

▼宿泊情報
【IN】15:00
【OUT】10:00
【通常料金】
\26,400〜(休前日+\3,150)
【カード使用】
【夕食】旬の食材を生かした月替わり会席
【朝食】和定食
【部屋食】夕朝

▼貸切風呂情報
【貸切料金】
宿泊の場合無料(40分)
【利用時間】
15:00〜24:10、5:00〜10:00
【貸切風呂の予約方法】
チェックイン時

▼施設情報
【部屋数】
和9室(バストイレ付き9室) 和洋6室(バストイレ付き6室)(60名)
【駐車場】
30台
【施設】
宴会場・カラオケ・ラウンジ・売店

▼泉質・効能
【泉質】
カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉
【源泉の温度】
55℃
【湧出量】
200リットル/分
【源泉の湧出状況】
自家源泉・自家源泉で動力泉(ボーリングによってくみ上げる源泉)・専用賃貸源泉・財産区管理源泉の4種
【加水/循環ろ過】
すべて源泉かけ流し(冬季など寒い時期には加温、暑い時期には天城の湧水を加えて温度調整をする)
【加温】
あり(冬期のみ)
【消毒】
あり(清掃時使用)
【浴槽の掃除の回数】
1日1回
【入浴剤】
未使用
【効能】
神経痛、筋肉痛、関節痛、運動麻痺、動脈硬化、うちみ、くじき、五十肩、慢性消化器病、痔、慢性皮膚病、病後回復期、疲労回復、健康増進
【湯の色】
無色透明
【飲用】
不可
【飲用の効能】
-
【におい/味】
無臭

▼日帰り貸切情報
【料金】
-
【利用時間】
-
【食事付きプラン】
なし

▼こだわり情報
【近くのコンビニ】
車で5分
【携帯アンテナ】
ドコモ(MOVA):3本
ドコモ(FOMA):3本
ソフトバンク:3本
au:3本
【冷蔵庫】
スイッチ付き自動計算(持ち込みのドリンクを入れるスペースあり)
【その他情報】
シャンプー:◎
リンス:◎
リンスinシャンプー:△
ウォッシュトイレ:◎

▼CHECK!
明治7年の創業以来、近代日本の歴史の潮流をここ山深い天城の森の中からひっそりと見守ってきた「落合楼」だが、現オーナーが運営にあたるようになったのはまだ最近のことである。伊東にある老舗旅館の専務であった村上昇男さんが、経営に行き詰まり銀行の抵当に入っていたこの価値ある建物のオーナーとして平成14年に就任し、「落合楼 村上」として復活させたのだ。

昇男さんが「落合楼村上」のオーナーになるまでには、あるドラマがあった。
実は彼が伊豆の伊東の高級旅館に専務として入ったのは平成4年のこと。前年に現在の女将である伊津子さんと結婚したからだ。それまでは某大手電機メーカーのシステムエンジニアとしてサラリーマン生活をしていた。結婚を機に奥さんの実家である温泉旅館に”転職”したわけだ。それから平成10年までの6年間、旅館業などもちろん初めてだったのにも関わらず、がむしゃらに働き、そしてお客様の喜ぶ顔を見ながら、旅館業の醍醐味を知る事になる。

ところが、経営も順風満帆の頃、寝耳に水の出来事が起こる。親戚筋の人間が宿に入り込み、専有するような形で株を相続し、社長に就任した。代表の座を奪われた形となった伊津子さんのご両親は、他の誰よりも愛する自らの宿を離れ、そして昇男さんと伊津子さん夫婦も後を追った。

軌道にのっていた旅館から、そして旅館業の楽しさを体感した後での状況の変化にすぐには立ち直れず、1年間は新しい仕事を探す気にもなれなかったという。それでもなんとか、生活をしていかなければならず、しばらくして昔の技術を生かしてパソコンのサポート会社を立ち上げたのだった。しかし、その仕事をしながらも、伊東の旅館時代の6年間の素晴らしい思い出が胸に去来し、自分にまだ未練があることを感じていたという。

そんな折、平成14年3月、運命的な連絡が入る。
伊東時代に付き合いのあった銀行の支店長が、突然昇男さんに電話をしてきたのだ。
「また、旅館をやってみる気はないかね?」・・・・・と。
「えっ?」昇男さんは、当たり前のように驚いた。
パソコンサポートの会社も、なんとか軌道にのりはじめた頃だったので、当然のように躊躇した。
しかも、この支店長(当時は事業再生部の責任者)は、伊東の旅館を離れた経緯を知っていて、それで声をかけてくれた事も承知していた。

「こんなチャンスは二度とない」・・・と思いながらも、悩んだ。
かつてお客様が喜んでくれた笑顔、励ましの言葉などが頭に浮かんだ。
悩みに悩んだ2ヶ月で、結局、宿を経営することを決めた。それがこの「落合楼」だった。
それと、義理の父母、そして奥さんである伊津子さんに温泉旅館をさせてあげたかった・・・これが最後に彼の背中を押したのかもしれない。

旧「落合楼」は、明治7年の創業以来、伊豆の金山で財を成した一族が経営していた。かつては伊豆きっての高級旅館の佇まいであったが、バブルの時代には対岸にコンクリート造りの別館を建てて、とにかく団体客をどんどん入れていこうという経営スタイルは個人客中心の現在の旅行スタイルへの移行についていけず、ついに銀行管理となったわけだ。

昇男さんは、その対岸の別館の建物の譲渡は断り、本館の登録文化財のものだけにした。しかし、すべて銀行から借金による譲渡であるため、もちろん銀行主導。それも不安があったが、一心不乱に旅館業に再チャレンジすることを決意した。

当時のその宿は、前述のように由緒ある建築物であったが、建物が泣いていた。経営難の環境のもとでは応急的なメンテナンスしか行われていなかったからだ。自慢の文化財も塵と埃にまみれていた。同年7月に譲渡の仮契約、9月1日に引渡し、再オープンは11月1日だったので、改装にかける時間は2ヶ月しかなかった。それでも限られた時間の中で、改装工事は無事終る。もっともお客様の目に入りやすいところは優先的に、後は徐々にというやり方だったが。
その2ヶ月間は、旧「落合楼」の従業員に加え、伊東の旅館時代の元従業員、出入り業者も駆けつけてくれた結果、なんとかスケジュール通りにいったという。

やはり、これほど応援に駆けつけてくれたのは、村上夫妻の人徳もあるだろうが、伊東時代の実績によるところが大きい。この宿のバトンタッチのドラマは、まさに伊東で潰えた夢の続きであり、そして宿の再生のドキュメンタリーでもある。

宿がオープンしてからは、伊東時代の顧客のほか、新規の個人客も徐々に増え始め、今ではこのエリアでも随一の繁盛旅館となった。団体客を取らず、静かな環境と、中伊豆らしい緑に囲まれた自然が、人々の来訪を誘うのだろう。

創業から130年以上の「落合楼」の伝統と、80年続いた、曾祖母が伊東に創業した当時「村上館」と称した宿のノウハウを融合した「落合楼村上」の歴史はまだ始まったばかりである。

しかし、もうこの建物は泣いていない。塵も埃も、もう見つからない。この登録文化財の宿は、どうやらすばらしいオーナーを見つけたように思えた。取材を終えて宿を去る際に玄関の方向に振り返ると、なぜか建物が笑っているような気がした。(J/eb)

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