福島県》岳温泉
■お宿 花かんざし
(オヤド ハナカンザシ)
Oyado HanaKanzashi
〒964-0074
福島県二本松市岳温泉1-104
TEL:0243-24-2110
▼貸切風呂の数DATA
貸切露天風呂:0
貸切の内風呂:0
部屋付き露天風呂:3
部屋付き豪華内風呂:0

▼貸切風呂ココがPOINT!
この宿の露天風呂付き客室はもともと1室のみだったが、2012年のリニューアルで2室増え、合計3つの露天風呂付き客室という構成になった。
浴槽はそれぞれ異なっているので、お好みでチョイスができる。
「花かんざし」で使用されている温泉は、全て源泉100%かけ流し。
名湯の誉れ高い「酸性泉」だ。
白濁した源泉を、心ゆくまで堪能できる。

最もグレードが高いのは、2012年8月に誕生した「宵待草(よいまちぐさ)」。
真新しい木造りのスペースに、赤い信楽焼きの風呂が備わっている。
よくあるコンパクトな陶器風呂とは異なり、直径1.4mの大きさは、大人2人でもゆったりと入浴できる。
足を伸ばして寛ぐことができるだろう。

湯に浸かりながら、和の趣き溢れる庭園を眺めることができる。
屋根付きなので、天候に関係なく湯浴みができるだろう。
時間の許す限り、この空間でゆっくりと過ごしていただきたい。

2番目のグレードとなる「片栗」の露天風呂は、客室専用の湯舟としては非常に豪華。
大人が同時に6人以上でも入浴できるほどの広さがある。
野趣あふれる岩風呂で、四方が囲まれてはいるが、開放的な気分は充分に感じられる。

東屋風になっているので、こちらも天候に関係なく湯浴みが楽しめるのもありがたい。
傍らには、木製のリクライニングチェアや竹のベンチも備わり、湯上りはここで一休みするのもいいだろう。

露天風呂付き客室で最もリーズナブルな客室が、2012年9月に誕生した「撫子(なでしこ)」。
「宵待草」と同じく、庭園を望む直径1.4mの信楽焼風呂が備わっている。
湯面に映りこむ木々と、グレーがかった緑色の浴槽が、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
大人の贅沢な休日に最適な設えだ。

▼画像集
貸切&客室露天風呂1
貸切&客室露天風呂2
施設&大浴場1
施設&大浴場2
客室
料理
お土産&その他

▼宿泊情報
【IN】15:00
【OUT】11:00
【通常料金】
\18,900〜(休前日+\2,100〜)
【カード使用】
【夕食】懐石
【朝食】和食
【部屋食】一部あり

▼貸切風呂情報
【貸切料金】
宿泊の場合-
【利用時間】
-
【貸切風呂の予約方法】
予約なし(先着順)

▼施設情報
【部屋数】
和7室(露天風呂・トイレ付き2室/トイレ付き5室)
和洋1室(露天風呂・トイレ付き1室)(28名)
【駐車場】
10台
【施設】
喫茶「花いかだ」、土産処「花えらび」

▼泉質・効能
【泉質】
単純酸性泉(低張性 酸性 高温泉)
【源泉の温度】
56℃
【湧出量】
-
【源泉の湧出状況】
自然湧出(源泉から7.8kmの引湯)
※旅館組合で集中管理して各旅館に分配される源泉
【加水/循環ろ過】
全て加水をしない源泉100%かけ流し
【加温】
なし
【消毒】
なし
【浴槽の掃除の回数】
2日に1回
【入浴剤】
未使用
【効能】
慢性皮膚病の他に一般的適応症(神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進)
【湯の色】
透明〜白濁
【飲用】
不可
【飲用の効能】
-
【におい/味】
無臭、強い酸味

▼日帰り貸切情報
【料金】
-
【利用時間】
-
【食事付きプラン】


▼こだわり情報
【近くのコンビニ】
徒歩5分
【携帯アンテナ】
ドコモ:3本
ソフトバンク:3本
au:3本
【冷蔵庫】
利用した分だけ申告(持ち込みのドリンクを入れるスペースあり)
【その他情報】
シャンプー:◎
リンス:◎
リンスinシャンプー:×
ウォッシュトイレ:○

▼CHECK!
福島県中部に位置する安達太良(あだたら)連峰。
その主峰、標高1700mの安達太良山は、緩やかな稜線を描く。
初心者にも比較的登りやすい山なので、登山やハイキングに人気の山だ。
春から夏にかけては、高山植物が様々な花を咲かせ、秋は鮮やかな紅葉に彩られる。
冬は、良質なパウダースノーが評判の「あだたら高原スキー場」に、多くのスキーヤーが訪れるという。

四季それぞれに見所が多い安達太良山は、日本百名山の一つに選ばれている。
岳温泉から車で10分のところにある「市民共生の森」展望台からは、安達太良山とあだたら高原が一望できる。

その「安達太良山」は、詩人・高村光太郎が、30年にもわたって、妻のために綴った詩集「智恵子抄」の中の、「あどけない話」にも登場する。

"智恵子は東京に空が無いといふ ほんとの空が見たいといふ (中略) 智恵子は遠くを見ながら言ふ 安達太良山の山の上に毎日出ている青い空が 智恵子のほんとの空だといふ"という詩だ。

福島県二本松市出身の智恵子は、故郷の雄大な山と、強いコントラストを描くどこまでも美しい空を思い、夫にそう告げたのである。
実際、空気の澄んだこの地では、様々な風景がはっきりと目に映る気がする。

福島県・岳(だけ)温泉は、その安達太良山のふもと、標高600メートルの位置に広がる高原の小さな温泉地。
その昔、活火山だった安達太良山が、天空に火柱を噴上げる様は、人々の恐れとともに信仰崇拝の対象であり、同時に熱湯も吹き上げた。
そこで、人々は祠を作り、神を祭るようになったという。
その後、平安時代に入り、蝦夷征伐のため征夷大将軍に任じられた坂上田村麻呂の手により開湯したと伝わっている。

源泉は温泉地から、8km離れたところにある。
実は、江戸時代の文政7年(1824年)までは、温泉場は現在の場所より、さらに鉄山の山頂近くの標高1500mあたりにあった。
江戸中期には湯女(ゆな)も許可され、歓楽街のような温泉場だった。
しかし、連日の雨と台風が直撃した影響で、土石流によって温泉街がすべて飲み込まれてしまったのだ。
その後、現在の場所に温泉街に移った。
源泉井戸と温泉街の距離が長い理由がそこにある。

岳温泉の泉質は、皮膚病や切り傷などによく効く「酸性泉」。
戦国時代は、まさにここは病院のような意味合いもあった。
江戸時代には、水戸黄門こと徳川光圀も、11歳と71歳の時に湯治に訪れていたという記録も残っている。

岳温泉は、今では福島県中通り地方の二本松市の奥座敷として知られているが、幾度かの天災などを乗り越えて、現在の温泉地の姿を見せているのだ。

しかしながら、源泉井戸のある場所(標高1500m)から、温泉街(標高600m)の標高差900mを使い、8qの距離を「引き湯」することは、想像以上にメンテナンスは大変な作業となる。
登山口から5qの距離を歩き、源泉が近くにある「くろがね小屋」まで辿り着くのに、雪の多い冬場では5時間もかかる事もあるという。
源泉井戸から引いた管には、湯の花と呼ばれる温泉の沈殿物がたまり、湯の通りが悪くなる。
そこを手製のたわしとロープを使って、管の中を掃除するわけだ。
この作業を怠ると、温泉街に湯が引けなくなるという事。
源泉井戸付近には、20mおきに点検口があり、それをひとつずつ見ていくわけだから大変な作業となる。
登山→点検→下山・・・と、1日仕事となる。
それを毎週のように行っているわけだから頭が下がる。
まさに「湯守」の仕事と言えるだろう。

そんな温泉地に、小さな温泉宿がひっそりと佇んでいる。
全8室の温泉旅館は、館内すべてが大正ロマンをテーマにリニューアルされ、古い木造建築の建物は、誰もが落ち着く寛ぎの空間に仕上がっている。

「お宿 花かんざし」の初代女将は、二瓶恵子さん。
元々「泉屋旅館」という創業100年を超える老舗旅館を、母とともに営んでいたが、自らの理想の宿を作りたいと考えていた。

そして、昭和20年に建てられた「日野屋旅館」という宿を買い取って、平成元年に「お宿 花かんざし」と改称してスタートさせた。
最初は、「泉屋旅館」の別館的な扱いであった。
恵子さんは、その古い木造建築の宿を、あえてそのまま生かそうと思い、補修なども必要最低限に留めた。
館内の調度品は、レトロで温もりあふれる物で統一させた。
これがやはり、周辺の宿にはない個性として、一躍人気の宿となった。

しかしながら、平成17年に「泉屋旅館」を売却し、さらに恵子さんは、自らの体力的な限界もあり、平成18年にで「花かんざし」を閉じる事を決め、東京で働いていた長女の明子さん(1978年生まれ)にその旨を告げた。
すると、すぐに明子さんは宿に戻ってきた。

明子さんは、小さい頃から旅館の中で過ごしてきた。
帰る家そのものを失うだけでなく、何か大切なものを失う感覚にもなって、居ても立ってもいられなくなったようだ。

明子さんは、生まれてからずっと、旅館の娘であった。
ずっと、祖母と母親の働く姿を見ていたのだ。
明子さんは、迷うことなく女将になる決心をした。
26歳だった。
明子さんは、自分で決めた事ながら、突然の重責に、当初は不安ばかりが先行していたという。

明子さんは、大学卒業後、得意の英語を生かして、日本有数のラグジュアリーホテルのひとつ「ホテル西洋銀座」で約4年間勤務した。
日本初の"バトラー"を置いたホテルとして有名だ。
彼女もそのバトラーとして、お客様の執事のような役割を担っていた。
この貴重な経験が現在、接客する上でも生かされている。

宿の公式HPを見ると、女将が書いているブログ「旬なおはなし」がアップされている。
接客からスタッフの管理、事務経理、温泉のメンテナンスに生け花と、忙しい日々を送りながら、ブログまで更新しているとは恐れ入る。
公式HPを見ると、魅力的な宿泊プランがあったので、ここに抜粋する。

一番人気のプランは、「最大22時間30分滞在OKプラン」。
アーリーチェックイン13時、レイトチェックアウト11時30分で、時間を気にせずゆっくりと過ごすことができる。
プランならではの特典もあり、湯上りのグラスビール一杯か、会津塗りの割り箸1セットのどちらか、チェックイン時に選んでいただく。

女将のイチオシプランは、「レディースプラン」。
こちらのプランでお泊りいただいた女性には、オリジナルお香(ほのかな薔薇の香り)と、あんみつ(茶寮「花いかだ」の人気スイーツ)がプレゼントされる。
女性グループに人気のプランだ。
他に、クリスマスプランや、バレンタインプランなど、期間限定で洋風のプランも打ち出している。
モダンでお洒落なこの宿なら、パートナーも必ず喜んでくれるだろう。

予約をとる際に気を付けていただきたいのは、やはり直接公式HPからネット予約をする方がお得だということ。
ベストレート(最低価格)保証となっており、その他の予約サイトの宿泊料金よりもお得な料金設定になっている。
さらに、直接予約特典として、朝食時にモーニングコーヒーがサービスされるのが嬉しい。

忘れもしない、2011年3月11日に起きた東日本大震災では、この宿も甚大な被害を受けた。
その時の岳温泉の震度は6強。
最大の震度7を記録した宮城県栗原市に次ぐ大きさである。
「お宿 花かんざし」では、全8室の客室の全てで、天井や壁が剥がれ落ちた。
大浴場も損傷し、2つあった露天風呂のうちの1つは、屋根がつぶされ、修復が不可能となった。
温泉神社の近くにあった老舗旅館は、露天風呂などの施設が破壊され、震災後一週間も経たずに廃業を決めたという。
また、この大地震の直後、岳温泉の電気や水道などのライフラインは全て遮断された。
岳温泉のすべての宿が、宿泊施設としての機能を失ったのだ。

それでも、岳の源泉は止まることなく湧き続けた。

おもてなしはできなくとも、避難を余儀なくされた人たちに、温泉でカラダを温めてもらうことができた。
温泉によって守られていると、この地に暮らす人々は深く実感したのだ。

だが、地震による建物の損傷と、原子力発電所の事故による風評被害は残酷ですらあった。
2011年3月・4月の予約のキャンセル率はほぼ100%。
先が見えない状況で、不安だけが押し寄せた。

それでも、女将の明子さんは前を見続けた。
4月にライフラインが復活すると、津波や原発事故で故郷を離れた町民30人余りを受け入れた。
この年の7月までは、通常のおもてなしはできなかったが、避難した人たちを受け入れることで、"おもてなし"の原点を思い出した。

また、前述の老舗旅館が廃業になった結果、この温泉地で女将と呼ばれる人間は2人しかいなくなってしまった(2013年3月現在)。
すると明子さんは、自らが岳温泉の顔となって、たびたび上京しては観光アピールをするようになった。
温泉街の名物を開発しようと、2012年の秋に行ったスイーツコンテストでは、自ら仕掛け人となり、大いに盛り上がった。
おっとりした人柄の女将さんだが、非常に行動力と決断力を持った人なのだ。

自らのfacebook上でも積極的にアピールを行っている。
率先して二本松の"今"を発信しつづけることで、それをサポートしようという人たちが増えていったのだ(2012年11月時点で友達2,039人、フィード購読者278人)。
今では、facebook上で予約が入るほどの人気ぶりだ。

震災後は、20年来のリピーターとなっている、歌手の吉幾三さんが、例年以上に訪れてくれるようになったという。
青森県出身の吉さんにとって、同じ東北地方の震災は他人事ではないのだろう。

館内には吉さん直筆の書が溢れているが、2012年のリニューアルの際には、全ての客室の名前を書いてくれた。
ちなみに、2002年5月に発売されたシングル「約束〜君に逢いたくて」のカップリングは、「花かんざし」という曲だ。

震災後、少しずつ損傷した客室を修繕してきた。
そして、2012年に大規模なリニューアルを行い、露天風呂付き客室が新たに2室誕生。
そのうちの1室である「宵待草」には、この宿唯一のベッドルームが完成した。

女将やスタッフの努力が実り、この宿には徐々にお客が戻ってきているようだ。
震災後に料理長が変わったが、京懐石をベースとし、洋食や郷土料理を取り入れた料理の伝統はしっかりと受け継いでいる。

茶寮「花えらび」には、お客が旅の思い出など自由に書けるノートが置いてあった。
そこにあったお客が記した言葉に、「花かんざし」の魅力が凝縮されていたので、拝借させていただく。
"全国の温泉旅館様を訪れております。和風モダンを極めたゴージャスな宿、大きな露天風呂付きの高価な宿、離れ形式の贅沢な宿・・・しかし、趣き豊かな宿というのは、このような宿ではなく、まさに此処「花かんざし」を指す。"
こんな風に感じてくれる客が、この宿を支えている。

母・恵子さんから娘・明子さんへ、完全にバトンが渡された「お宿 花かんざし」。
この宿の持つ洒落た雰囲気は、女性のための宿とも言えるだろう。
逆に男性はこの宿に女性をエスコートすれば、より密な関係が築けるに違いない。
そんな事も感じさせる。

やはり、女性が宿造りをすると一味違う。
女性らしい繊細さと優しさが同居した、本当にリラックスできる雰囲気がそこにある。
よく、温泉宿は、ハッピを着た威勢のいいお兄さんがいたり、フロントでテキパキと働く男性スタッフをよく目にするが、ここはやはり女性スタッフの方が圧倒的に多い。

彼女らの立ち居振る舞いは、凛として美しさも感じる。
そして、ここは福島県の岳温泉にありながら、京都・祇園のような"はんなりとした"空気感も漂わす。

ここには、良質の温泉はもちろん、古きよき時代を感じさせる客室、旬の素材を使った絶品の料理、そして、女将はじめスタッフのおもてなしが、すべて高いレベルでゲストに提供されている。
でもそれは、計算されたものでなく、女将である二瓶明子さんそのものの朗らかさ、優しさによって醸し出しているように思えてならない。
その包み込むような寛げる雰囲気は、なかなか出せるものではない。


明子さんは、銀座のホテルで、都会の洗練されたサービス、接客を学んだ。
しかし、彼女は、母親が朝早く出発するお客さんには自らおにぎりを用意したり、祖母が登山客の汚れたシャツを夜中に洗っていた事などを思い出すと、気が付いた。
ひとりひとりにあったおもてなしは、都会にはない温かみがあった。
お客に合わせた接客をしていた祖母や母親を、心の底から尊敬するようになった。
明子さんは、女将の心を、祖母や母親から、いつの間にか学んでいたのだ。

明子さんは、女将業にも慣れ始めた頃、震災にもあった。
宿の一部が壊れ、お客も激減した。
しかし、それでも明子さんは、それまで以上に、女将業、そして岳温泉のために生きようと決意した。
祖母や母親から受け継いだ、この土地ならではの「おもてなしの心」を、自分の代でピリオドをうつわけにはいかない・・・と。

母が宿を閉めると聞いて、福島に戻り、女将を継いだ。
だからこそ震災で、風評被害で、客が減ったからといって、宿を閉めるわけにはいかない。
明子さんにとって、旅館そのものが、失いたくない「大切なもの」だったが、震災後は、もっと広がって、岳温泉、そして福島という土地すべてが、愛おしいものだと分かった。
そんな女将がいる宿は、きっと繁盛する。
誰もが、そんな湯宿を探しているからだ。(JIN)

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